クリアブルーの世界で

見上げればそこにはいつだって

勇気なら僕があげるよ



先日、関ジャニ∞の元気が出るLIVEに行ってきました。

へえ良かったね!で普通なら終わる案件ですが、わたしにとってはとっても貴重で大事なことです。

結構思ったことハッキリ書くので、不快な思いをさせてしまったらすみません。先に謝っておきます。












私は去年の関ジャニズム大阪公演1/11(自分の誕生日)を持って、エイトの現場を卒業しました。2006年からずっと追いかけてきた彼らから意図的に離れてみようと思いました。

理由は本当にたくさんあります。4月から役職が変わったこともあり、自分の時間というものが減ってしまったことも大きいですが、1番はやはり掛け持ちがしんどくなってしまったこと。
2013年に唐突にA.B.C-Zにハマって抜けられなくなり、この2年間掛け持ちをしていました。その結果、全く余裕が無い日々を過ごしていました。金銭的にも精神的にも、正直しんどかった。相次ぐリリース、テレビ、雑誌、ライブ、舞台、イベント。2グループの全てを追うことなんてもちろん出来なくて、でも妥協もしたくなくて。気持ち的にエイトが落ち着いてるときにエイトの現場がきたり、逆もしかりでえびへの気持ちが落ち着いてる時に舞台があったり、うまく切り替えが出来ればそれが一番だけど、そうもいかなくて。自分の中の需要と供給が噛み合わなくて、TwitterのTLを追うのもしんどくなって。アカウントをわけたところでどっちかに偏ってしまうのは目に見えてる。じゃあどうすれば、と悩み続けて、考えた結果、一度離れてみようという結論に至ったのです。

実際、関ジャニズム以降はエイトに対してお金を落とすことをほぼしていません。CDやDVDはもちろん、YJの頃からずっと更新し続けていたFCの更新も思い切ってやめました。テレビも録画はするけど観たいなーって思ったときだけ観る、といったスタンス。Twitterをやっている以上、情報は入ってくるけどそれだけで。決して嫌いになったわけじゃないけれど、追わなくなったら追わなくなったで意外と平気なことに気付きました。

私は自分のことを熱しやすく冷めやすい性格だと思っていて、なるべく新しいモノを取り入れることをしないようにしています。1度目を向けて夢中になってしまったら、なかなか抜け出せないのです。そして途端にそれまで熱中していたものへの興味が薄れてしまう。嫌いになったわけではないけど、優先順位がコロッと変わってしまう。それをいつも恐れているのです。

エイトを好きになって、過去に1度こういうことがありました。でもその対象はいわゆる別ジャンルで、また帰ってくることが出来ました。でも同じジャニーズならどうなんだろうか。ジャニヲタにはめんどくさい制度があります。そう、「担当」です。定義がどうとか、とにかくくそめんどくさいです。人によって違うものだから他人がどうこう言えるものでもないのに、平然と口出ししてしまうやつです。でも私は不思議とこの「担当」制度が嫌いではありません。

私は「丸山担」であり、「橋本担」でした。
という言い方をすると語弊があるかもしれませんが、もし貴方が私をそうだと言うのならそうだし、違うと言うのなら違うのでしょう。
よく「丸ちゃんのことが大好きなはるさんが好きです」と言われました。「橋本くんのことが大好きなはるさんの呟きが好きです」とも言われました。じゃあそれ以外は?と思いました。
「丸山担のはるさん」は丸ちゃんやエイトのこと以外に目を向けたら、そうじゃなくなってしまうのでしょうか?当時、えびちゃんのことを呟いたら、askに「丸山くんに興味なくなったんですか?」と質問がきました。それを聞いてその人はどうするんだろうと思いました。「そんなことないですよ」って応えれば良かったんでしょうか。「はいそうです」って言えば満足だったのでしょうか。私は私であって、私が発するものは私以外の何物でもないのに、少し違うことをするだけで咎められないといけないのか、と思うようになりました。辛かった。
他の人を見るようになったらそれはもう「担降り」ってやつなんでしょうか。たくさんたくさん考えました。いろんな「担降り」ブログも読みました。(人によっていろいろ違って面白かった)
「担降り=その人のファンをやめること」が一般的な定義みたいでした。でもどう考えても私はそれに該当しなかった。ファンをやめる?嫌いになったわけじゃないのに?CDだって買うし、ライブも行ってるのに。全然しっくりこなかった。好きな人を好きなタイミングで好きと言って何が悪いのか、私には分かりませんでした。でもそれを良くないと思っている人少なからずいることも事実でした。

それならいっそ、と思い立ったのが関ジャニズムでした。ツアー発表のときに一人でコッソリ決めました。エイトはこれで最後にしよう。10周年の締めくくりだし、初めて自分の誕生日に公演があるし、区切りもいい。そしてこれは誰にも言わず自分の中に留めておこう。わざわざ公にすることでもない。いつも一緒にライブに行っていた友人には時がきたら話そう。そう決めました。

そして迎えたライブの日。皮肉なもんで、夢のようなアリーナ席。私は今までエイトのライブに行って泣いたことがありません。A.B.C-Zのライブはしょっちゅう泣いてるのですが、エイトの場合は「楽しい」が先に来るので、よっぽどのことがない限り泣いた記憶がありません(8ESTの妙子さんの手紙は泣いた)でもこの日は違いました。ああ、これが最後なんだって思ったら自然と泣いていました。オープニングからずっと。ネタバレを避けていたのもあって、まさか10周年メドレーとかやるとか知らなくて、今までのことが走馬灯のように駆け巡って、鳥肌が止まらなかった。大好きな彼らに会うのも、彼らを通して出会った皆に会うのも、最後になるのか、って。自分で勝手に終わらせようとしているのに、片隅で終わらないで、と願ってしまった。最後の曲で涙がドッと溢れた。しっかり目に焼き付けようと思って前を見たらすばるが笑ってた。駄目だった。終わってから、エイトコールが鳴り響く中で1人ずっと泣いてた。嗚咽が出る程に。一緒に入っていた友人にも、余りにも泣いてるからもらい泣きしたと言われるぐらい。いろんなことを噛み締めながら、この日は終わった。一生忘れられない1日になった。

それからの私は、A.B.C-Zと真っ向に向き合い始めました。掛け持ち、をやめて「えび担」「橋本担」になるんだ、と。ずっとソワソワしてた。落ち着かなかった。だって今まで降りたことないんだから、降り方なんて分からないし。でも自分で決めた事だから、次第に慣れるよね、と。

5/30.31のA.B.C-Zアリサマコン、代々木2デイズ。無理矢理休みをもぎ取って、東京へ。若干の痼は残しつつも、えび担として過ごしていた私にとんでもない事件が起こりました。
もともと行く予定の無かった代々木ラスト。ありがたい事にお声掛けして頂き、入る事に。昼公演で橋本くんのソロコンとドラマ出演の発表があり、ただでさえ落ち着かなかった夜公演。MCにて突然「今日は先輩が観に来てくれています。僕から紹介させてください。関ジャニ∞の、」と橋本くんが言うもんだからてっきり「えっついにすばるくんが?」ときっと誰もが思ったのに、「丸山くんです」と。

時が止まった。本当に、私だけ、ぴったり身動きとれなくなった。歓声や拍手が起きるなか、心のざわつきがうるさくなった。
紹介され、メンバー全員で見学席までお迎えに行く。真っ先に橋本くんが駆け寄って、丸ちゃんとハグしている。なんで?なんで丸ちゃんがここにいるの?順番に残りの4人ともハグをし、メンステへと移動。動揺が隠せず、目の前をただただ見ることしか出来なくて。
そしたら「いや〜!なんで俺、今までA.B.C-Zのコンサートこぉへんかったんやろ!最近テレビでよぉ見かけるけど、コンサートきてビックリしたわ!こんなに素晴らしいパフォーマンスが出来るなんて。本当にみんなに知ってほしい!」って。

抑えていた何かが弾ける音がした。そこから糸を切ったように涙が止まらなかった。私が勝手に感じていた後ろめたさとか罪悪感を拭うように、丸ちゃんの言葉がスッと心に沁みてきた。ずっと不安だった。離れてみたものの、これで本当に良かったのか、とか。私が彼らから離れてまで選んだ人たちで、本当に間違いはないのかって。でも丸ちゃんのその言葉で「わたしが選んだ道は間違ってなかったんだ」って安心してしまった。誇らしさと、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。死ぬほど嬉しかった。これで安心して、前に進むことが出来るって。

そしてその後、橋本くんと一方的に喧嘩事件を経て、ソロコンにて私は今「橋本担」なんだと腑に落ちました。やっと、やっとです。ソロコンでレイニーとリリック(わかる人にはわかる)歌われて心を抉られた後に、ストン、と。ざわざわしていたものも、消えてった。私はこうして進んでいくんだ、大事なものも、いつかは、忘れていくんだ。悲しいけど、そうなんだ、と。

12月、エイトのツアーがスタートしました。もちろん詳細は知りません。アルバム買ってないし、情報追ってないし。TLの雰囲気から、あ、今日札幌か〜とか、その程度。友人から東京ドームのお誘いを受けましたが、いろいろ都合もつかないし、行かないと決めたし、そもそも申し込みもしてないし、外れた人に申し訳ないし、と断りました。私のくっだらないこだわりです。自分で意図的に申し込んでないライブにのこのこ行けるわけなんて、という。(これはあくまで対自分なので、他の方がどうこうっていうのは全く何も思いませんので悪しからず)

たまたま1/14が休みになりました。ほんの興味本位で譲りタグを覗いてみました。JWではなく、エイトの。遠征は出来ないけど、地元ならいけるな、と。ほんと軽い気持ちで。札幌東京の出回りが多かったから、もしかして大阪も余ってるのかな、なんて。さすが地元、ラストの地なのもあって見つかるはずもなく。まあそうだよな、と思いながら、たまに思い出したときに見てみるようになりました。その様子を見た友人に「今回のライブはどうしても見てほしい」と言われ、年明け、一度だけチケツイを流しました。悪あがきです。見つからなかったら見つからなかった、それでいい。他に探してるエイト担の人はたくさんいる。その人たちが行けることが最優先だ。行ってみたい、けど、見つかってほしい、けど、どっか心の中で見つからないでほしいとも思った。あんだけ大口叩いてたやつが、結局ライブに行くなんて、誰もいい気がするわけない、と。そして誕生日の朝、ありがたい事にお声掛けを頂き、譲ってもらえる事になりました。

ちょっとした賭けでした。このライブで、心から楽しめなかったり、A.B.C-Zのことが少しでも頭をよぎったら、私はここで本当に終わりだ、と。エイトからはその意味の通り「担降り」したことになるんだと。当日を迎えてドキドキした。ホームだと思っていた場所がなんか少し違って見えた。わたし浮いてないかな、とか、いろんな想いを抱えて。

ライブが始まって、彼らが出てきた。前回の様に涙は出なかった。自然と手が動く、歌詞がスラスラと出てくる。当たり前だ、10年もこの感覚を共にしてきたんだもの。初めて聴くはずのアルバム曲も、2番目には口ずさんでる。お腹にくる重低音、大好きな彼のベースの音、ギター、ドラム、キーボード、パーカッション。響く歌声、笑い声、歓声。あたり一面ゆらゆらと動くペンライトの光。

何にも、何にも変わってなかった。わたしが今まで見てきた彼らの姿と、何にも。最高で、最強のまま。心の底からアツくなるようなこの胸の高鳴りも、変わってなかった。そしてすっかり変わってしまったと思っていた自分自身も、根っこの部分は何も変わっていなかった。楽しい。私の好きなライブは、これだ。

初日を終え、いろんな想いは吹っ飛んで、ただ「楽しかった」それだけが残った。「JB」「十祭」「関ジャニズム」では余計な感情が邪魔をして、純粋に楽しめなかった。でも今回は違う。ライブに、目の前の彼らだけのことを考えてた自分がいた。驚いた。去年と同じ様に、終わらないで、と願う自分がいた。でもその意味合いは「このままこの楽しい時間が続いて欲しい。これからもずっと見ていたい」だった。私は自然と未来を求めていた。

やっと、やっと分かった。私が数年間苦しんでいた意味が。周りではなく、私自身が自分を許すことが出来なかったんだと。「丸山担」の私はエイト以外のことを口出してはいけない、「橋本担」の私はA.B.C-Z以外のことを喋ってはいけない。ずっとそう思ってた。でも違う。どっちも間違いなく私であって、どちらかを選ぶ必要なんて全くないんだと。エイトに対する好きも、A.B.C-Zに対する好きも、次元の違う全くのベツモノだから、当たり前なんだと。追えないなら追えないでいい。気分が乗らないなら乗らないでいい。周りに左右されて自分に嘘ついて生きるよりずっとマシだ。

時間がかかったなぁ。完全に腑に落ちるまで、こんなにもかかってしまった。でも、この考えに至ったのは間違いなく丸ちゃんのおかげだ。思えば不安な時、背中を押してくれたのは丸ちゃんだった。これでいいのかと悩んでいたら後押ししてくれて、ずっと欲しかった言葉をくれた。当時は素直に受け取れなかった言葉も今ではスッと受け入れられる。ありがとう、丸ちゃん。

苦しむために生きないで、自分自身を愛していくよ。私は丸山くんが、関ジャニ∞が、橋本くんが、A.B.C-Zのことが大好きな自分が好きだってことに気付けたから。

気持ち新たに、これからもどうぞよろしくお願いします。





















自分で勝手に都合よくまとめた感は否めない。
これを読んでくださった方がどう思うかは自由です。思ったことはきっとそうで間違いないと思います。
とっても口悪くまとめると「自分で勝手に掛け持ち始めて辛くなって片方降りたくせにアレコレ理由つけて結局戻ってきたやつのくだらない長ったらしい戯言」なので(笑)
もしわたしの発する好きという言葉が薄っぺらく感じたなら、それはそれでいいです。私自身が納得していればそれでいい。

アイドルに人生左右されまくりだなぁって思うけど、そうやって生きてきたからさぁ、仕方ないよね。そしてそんな私に懲りずに仲良くしてくださっている皆さんには本当に本当に感謝しています。ありがとうございます。


私はこれからも「丸山担」で「橋本担」です!